
新型コロナウイルス感染症の影響で開幕の見通しが立たないプロ野球。全143試合の消化は厳しいという見方が強まる一方で、新たな記録が生まれる足掛かりとなるかもしれない。
規定打席到達が基準となっている「打率」は、試合数によって大きく左右される記録の一つだ。本数の積み重ねである安打や本塁打とは対照的に、試合数が少なければ、高い率を残す選手が現れる可能性も高い。2017年に近藤健介外野手(北海道日本ハムファイターズ)が57試合の出場で打率.413をマークしたのは記憶に新しい。
ここでは、打率リーグ1位「首位打者」の歴代タイトル獲得選手を年代ごとに振り返り、その変遷をたどっていく。試合数だけでなく、打高時代、打低時代、長打志向のトレンド、使用球の影響など、率の背景が見えてくるかもしれない。
1950
セ 藤村富美男(大阪タイガース)
打率.362(140試合527打数191安打)
パ 大下弘(東急フライヤーズ)
打率.339(106試合401打数136安打)
著しい打高のシーズンとなった1950年、セ・リーグは阪神の藤村が初の首位打者を獲得。タイトルこそ逃したが、39本塁打、146打点とハイレベルな数字を並べた。パ・リーグは大下が47年以来のトップに。本塁打、打点で1位の別当薫を4厘差でかわした。
1951
セ 川上哲治(読売ジャイアンツ)
打率.377(97試合374打数141安打)
パ 大下弘(東急フライヤーズ)
打率.383(89試合321打数123安打)
セは川上が、プロ野球史上歴代8位(2019年終了時点)の記録となる打率.377をマーク。114試合中97試合と出場数こそ少なかったが、異次元の打撃で2度目のシーズンMVPに輝いた。パは、大下が歴代5位(同時点)の打率.383で2年連続のタイトル。川上・大下の双璧が球界を牽引したシーズンだった。
1952
セ 西沢道夫(名古屋ドラゴンズ)
打率.353(113試合433打数153安打)
パ 飯島滋弥(大映スターズ)
打率.336(119試合411打数138安打)
1952年はセ・パともに初リーディングヒッターとなった2人だ。セの西沢は、打点との二冠を達成。2、3、4位に続く巨人の選手らを抑え、タイトルに輝いた。パの飯島は、チーム打率最下位(.2428)の大映で、ひとり気を吐いた。
【関連記事】
"試合" - Google ニュース
May 06, 2020 at 09:43AM
https://ift.tt/35xYLj5
NPB歴代の首位打者は? 「打率」は試合数も大きく左右、4割打者の登場なるか<1950年代>(ベースボールチャンネル) - Yahoo!ニュース
"試合" - Google ニュース
https://ift.tt/39dEuR8
Shoes Man Tutorial
Pos News Update
Meme Update
Korean Entertainment News
Japan News Update
Bagikan Berita Ini
0 Response to "NPB歴代の首位打者は? 「打率」は試合数も大きく左右、4割打者の登場なるか<1950年代>(ベースボールチャンネル) - Yahoo!ニュース"
Post a Comment